ホテルはホルモン?

何でもない時に、たったひとりでシティホテルに泊まる女性が、今ますます増えています。


男たちは「なんでまた?」と目を丸くするけれど、女ならその気持ち、とてもよくわかる。


ホテルは平凡すぎる日常から、女をたまに救い出してくれる"非日常"。


女はそのスペースにただ身を置くだけで、日頃の不平不満を少しだけ減らせるのです。


そしてまた、ホテルに泊まると、肌アレが少し減らせる。


今は一流エステサロンが一流ホテルと組んでの客室出張エステが盛ん。


流石に脱毛は通いじゃないとだけど。


マッサージを呼ぶみたいに内線でエステティシャンを呼んで、バスローブでベッドに寝たままお手入れが受けられる。


でもそういうことじゃなく、ホテルにいるだけで肌アレが引いたりするのは、確か。


これを"ホテルホルモン"と言わずに何と言いましょう。

口角の秘密

言うまでもないが、口角が下がっていたり、曲がっているのは、不平不満を言う口。


いつも文句ばかり言ってる女に見えても仕方ない。


このように、顔が意地悪に見えてしまう原因はきわめてハッキリしています。


そして、意地悪に見える人に「あなた損してるわ」なんて親切に声をかける入がいるはずもないから、何で?何で?と思っているうちに、孤独になっていく運命にあるわけだ。


すぐ直そう。


眉と白目と口角。


幸いそれらは表情とメイクでどうとでもなります。


それだけが救いです。


口角と言えば、口周りの産毛も脱毛しないと。

眉と眉の間が狭すぎるのはNG

こんにちは。


ちょっと脱毛に行く前に更新。


"オカメひょっとこ"の眉は、眉と眉の間が異様に広いから、情けないほど人が良さそうに見えるのを思い出してほしい。


だから細眉じゃなくても、眉と眉の間が狭すぎるのはNGなのです。


一方、白目が目立つ目は、単純に人をにらんでいるように見えるからNG。


目が悪い人が意地悪に見えるとはよく言われることだが、人は他人が自分を強く見てると思うだけで、一種の恐れを感じる。


白目は視線を強くする効果はあるものの、黒目よりも十倍意地悪な目を作ってしまうのです。

色々な・・・

性格ブス、という言い方があるけれど、そんなものに性格なんて冠つけてあげることはない。


ふてくされブス、目つきの悪いブス、笑わないブス、あいさつしないブス、感じ悪いブス、そして横着ブス・・・・・これらは今、内面が云々ではなく、本当にブスに見えています。


しかし、これももちろん避けられるブスです。


そして大切なのは、この世にもし避けられないブスがいたとしても、避けられるブスよりずっとまし、ずっと可愛げがあるってことなのです。


避けられるブスの根本原因は、次の三つに集約される。


1.だらしなさ。


2.不平、不満。


3.そして野暮ったさ。


このうち警暮ったさ曝は生まれつきと言えなくもないが、そんなものは着る服でどうとでもなる。


ファッションページを見て「上から下まで全部ください」をやれば、一瞬で解決するもの。


エステへ行って脱毛するのもよしです。


それを放っておくのが問題なのです。

ブスって一体なに?

ブスにはブスの数だけ、定義があります。


つまりブスになっちゃう理由は人それぞれ。


一人一人理由が違う。


美人はひとまとめにできるが、ブスはまとめては語れない。


すべては個人の事情によるものだからなのです。


たとえば、安物の服をだらしなく着てる。


どうでもいい髪型、似合わない髪型をしてる。


ちょっとメイクすれば可愛くなるのにスッピンをさらす。


汚い肌を放置している。脱毛もムダ毛剃りもしない。


メイクそのものが間違いだ。


何となく不潔っぽい、ダサイ・・・・・こういう人は、自らブスの道を選んでる。


ほとんどが避けられるブスなのです。

社会の新しい階層

地理学上の大発見のけっか、ヨーロッパの帝場には、それまでまだまだ知られていなかったスキンケア、脱毛商品が、輸入されるようになってくる。


しかし、そういった大発見の、とくに大きな結果は、社会の新しい階層。


なかでも市民階級が急逮に金持になっていったことです。


このことは、かれらがしめした、享楽とぜいたくへの欲望によって表明される。


かれらが、じぶんの生活を芸術的にすること、からだを美しくすること、あらゆる方法で老衰とたたかうこと、それらはみな、おなじ一つのことなのです。


男性もまた女性のように、そういう心酎をしたけれども、こうした異教的精神、こうした生活の美と肉体の美とをもとめる情熱からは、けっして、不安と狂暴性がなくなってしまったわけではなかった。


合理主義が発達した片方では、あいかわらず、ある種の美容品の魔術的な権威にたいして、迷信的な信仰がつづけられていました。


そういった信仰は、このルネッサンスの最初の世紀においては、中世とおなじように強かったのです。

人間のからだの新しい魅力

ルネッサンスということばは、多くの人々にとって、ギリシャ、ローマを、そして、その文学と、人間主義への復帰を意味しています。


けれども、それにもう一つつけくわえて、地上の生活への愛のルネッサンス、ということができるでしょう。


現世は、もはや暗い涙ものではありません。


芸術における裸体の復活、官能性の昂揚もまた、そうです。


その証拠に、イタリヤ絵画は、スキンケアと脱毛がされた豊満な肉体を惜しげもなくみせ、そればかりではない16世紀フランスの女流詩人マリー"ルイズ・ラベの詩だとか、ルクレチア・ボルジアらの、世にうわさのたかい貴婦人たちの公然のあだっぽい生活だとかは、みなその証拠です。


女性の威信と、社会的地位とは、あきらかに高くなっていました。


誰もがすぐにおもいうかべるほどの例だけをあげるにしても、フランス文芸復興の保護者ナヴァールの女王マルグリット、アンリニ世の宮廷で大きな勢力をふるった、ディアヌ・ド・ボアチエ、おもうままに権力をふるった皇太后カトリーヌ・ド・メディシスだの、そして英国のエリベザス女王だのといった女性たちは、それぞれ重要な役割をはたしているのです。

衣服の型の変化

14世紀の終りから15世紀のはじめにかけて、たぶん、イタリヤの影響だろうが、衣服の型が変ります。


若い女除たちは、ほっそりした身体にひどく小さな頭というスタイルをするようになるが、色の白いことは、あいかわらず大切だった。


顔の形は、三角形で額が広い方がよいとされ、そう見せるためには、額の毛をむしったり、眉毛を脱毛したりもしたのです。


額の白さをきわだたせるためには、キッスカールの巻毛を垂らしました。


そのかわりにほそい黒いビロードのリボンをたらすことも、とくにブルゴーニュ地方や、ネーデルランドでは盛んでした。


香水やねり香水が、ふたたびお化粧のうえで大きな役割をはたしはじめたのは、たぶん、この時代からでしょう。


それは、ローマの伝統を保っていた、イタリヤの影響によるものです。


いずれにせよ、長い年月のあいだ光を失っていた美容は、こうして、やっと15世紀の終りになって、ふたたびその重要性をとりもどしはじめるのです。

香料屋という商売

中世には、香料屋という商売は、特殊な一部門であるにすぎなかったそうです。


悪い職恥に小についている女や、手品師とか軽わざ師の男女たちは、化粧をしていました。


ロマン語時代のある写本に、踊り子が手の甲を赤く塗り、蜥に赤い三角形を描いていることが出てくる。


また別の女たちは、肌に白いしっくいを塗るようなこともしていました。


少なくとも、入浴だけでは、おもったように肌が白くならない女たちがしていたことらしい。


健康法はよく守られていました。


アラブの伝統がとくに残っていたスペインでとおなじように、中世のフランスでも、入浴やスキンケア、脱毛の話はたくさん記録に出てくる。

優雅な婦人たち

13世紀の優雅な婦人たちは、お化粧やスキンケア、脱毛をするといっても、サフランを顔につけるだけだったのです。


ただし、香水を使うことだけは、ふだん豊かな階級のお洒落な女たちの問に、かなりひろまっていたものとおもわれます。


豊かな階級というわけは、香料はぜいたく品だったからです。


十字軍時代には、じや香と竜ぜん香、14世紀にはラヴェンダとすみれの香料でした。


香料の販売のためのとくべつな同箔組合というものは、なかった。


おしろいだの、ねり香油だの、香水などを売っていたのは、フィリップ・オーギュストの時代の1190年に結成された、手袋。


香料屋たちの組合でした。


この商売が大きくなってきて、商人たちの問で論議がまき起ったのは、やっと16世紀になってからのことです。