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学校給食とローカル・スペースコレクション・ガバメント

「住民を一方的に楽にさせる行政」とはどのような行政であり、それがなぜ「よくない行政」といえるのでしょうか。


楽にさせるというのは、住民の側に苦痛なり困苦なりがあることを前提にし、それを取り除いてやることを意味しています。


住民意思の付託をうけ、住民のローカル・スペースコレクション・ガバメント福祉のためにこそ存する自治行政が住民の苦痛や困苦を取り除き、住民を楽にさせることは当然の責務です。


それを「よくない」と判定するのは民主的行政に反しているのではないかと考えられるでしょう。


確かに自治行政は住民のためにありますが、それは住民を受益者の立場におき、ただ住民を楽にさせればよいというものではないのではないかと考えたいのです。


こうした点を考える上での素材はいろいろあります。


まず思い切って、学校給食の例をあげて考えてみましょう。


どこでも行われている学校給食は、育ち盛りの、それも個人差の大きい子供たちへの昼食サービスですが、現在は、自校方式にしろセンター方式にしろ、あるいは民間委託にしろ、料金の安い公共サービスとして、同じものを、同じ量食べさせるという形で行われています。


その理由はどこにあるのでしょうか。


この問題のポイントは、教育の一環として行われるべき学校給食が、実質的には子供たちの食にかかわる福祉サービスとして行われている側面が強まってしまっている点にあるように思うのです。


学校給食法の解釈としては疑問のある実態ではないかと考えられます。

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