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2010年12月 アーカイブ

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ヴェール

中世の頃の美容について☆


顔の白さ、脱毛された肌を保っておくためにつける、あのヴェールのことについて。


これは近東の国では、どこでも、ごくふつうの習慣になっています。


が、ヴェールをつけているのは、豊かな階級の婦人だけで、下層礼会の婦人は、たとえ回教徒でもけっしてつけていない。


けれども、これとはべつに、有産階級の婦人たちは、美しくなるために、長い時聞を〈ハンマム〉ですごしたのです。


ハンマムというのは、これこそ、ほんとうの美容院です。


よいお客である有産階級の婦人たちは、半月に一度、ハンマムへ、まる一日をすごしにゆくのでした。


着くとまず、30分間蒸しぶろに我慢してはいっています。


つぎに、黄土を塗った、馬のたてがみの毛でできた手袋で垢をこすり、それからすすぎ落す。


こうしてからだをきれいにしてから、髪の毛を洗い、足を軽石で磨くのです。


ここまでで、午前中がすぎてしまう。


そして、家からは昼ごはんがとどく。


なんて優雅なんでしょう。

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ヘンナ染料

午後になると、赤金色の光沢をあたえるために、髪の毛がヘンナ染料に浸けられます。


光沢をあたえるだけで、染めるのではない。


というのは、ブロンドはほとんど尊重されていなかったからです。


そのあとは、脱毛です。


身体は一種のねり物を使ってし、顔には、二重になった絹糸を使うのだ。


手と足の爪に、マニキュアがほどこされます。


元気を回復させるため、もう一度マッサージをしたあと、やっと、顔のお化粧の番になります。

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眉は、ムダ毛を脱毛し、藍の一霞であるヴィアスムを煮出したもので描かれ、眼は、イスパーンの都の黒く染める粉で大きくされます。


眼をお化粧することは、ヴェールをつけて外にでかける婦人たちの習慣のために、回教国では、今でもまだひじょうに症要なことになっています。


ヴェールをつけると、外からは眼だけしかみえないので、しぜんと、眼に人々の注意が集まるのです。


さて、歯は、真珠貝のからと、卵のからと、木炭とを、くだいてまぜたもので磨く。


歯ぐきと属とは、こしょう科の蔓木であるきんまをかんで、赤くする。


おなじように、赤い粉が頬にのばされます。


こんなに楽蝦な、お化粧をしてもらった婦人たちの絵姿が、今では一枚も残っていないというのは、ほんとうに残念なことだ。


中世のイランにおけるハンマムの数というものは、こうして一日をすごすことが、どんなにしょっちゅうおこなわれていたかを証明しています。

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発達した化学

7世紀には、バグダッドの都には五千のハンマムがありました。


あるものは婦人専用で、あるものは男子専用だった。


お金は、外へ出るとき、してもらっただけはらったのです。


こんなに近代的な機構をもった施設があったのとならんで、化粧品をつくる産業が活発だったので、家庭でお化粧をすることもむずかしくはなかったのです。


回教徒たちは、ササン王朝の、ひじょうに発達した化学をうけついでいました。


そのおかげで、香料の方面では、六世紀のはじめに、花のエキスを液体でとることが発明されました。


ゴアのバラ水は有名で、世界中に輸出されており、また、エジプト、チュニジヤ、ペルシャでは、石鹸やスキンケア、脱毛クリームがつくられて、ひじょうに高価な値段で売られていました。

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安楽な階級の特徴

美容は、おそろしい疫病にたいする恐怖というものと、深く結びついていました。


そして当時のヨーロッパは、その予防からは、まだまだ遠かったのです。


清潔よりも香水を残念なことに、16世紀のはじめには、中世の安楽な階級の特徴だった、清潔さにたいする心づかいというものがなくなってくる。


術生よりも、香水熱のほうがたいせつになるのだ。


はじめとくに、イタリヤとスペインで盛んだったが、しだいに、全ヨーロッパにひろまってくるのです。


香水は、官能の刺戟としてだけでなく、いろいろな伝染病、とくにペストにたいする、きわめて有効な予防薬として考えられていました。


下若や手袋に香水をつげることが流行したのにも、そういう意味があったのです。


香料とそれ以外の化粧料、スキンケア、脱毛とは、その処方がきのうえでも、またじっさいつくるうえでも、あいかわらず、密接に結びついたものでした。

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文学と化粧品

この時代は、まさに、お化粧やスキンケア、脱毛のことを書いた文学の花ざかりです。


こうした作品の多くは、イタリヤ語で書かれており、フランス語で書いてあるものは、たいていその翻訳でした。


それらを書いた人々を、いわば職業別に分類してみるとじつにさまざまです。


たとえばイタリヤのマティオーリ、パリ大学の医学教授アンドレ・フルニエのような医師たちも、けっしてこういう問題を軽蔑してはいない。


そればかりか、たとえば絵かきもいれば、仏訳では『アレクシス・ル・ピエモンテ(アレッシオ・ビェモンテーゼ)殿の秘密』という題の本の著者として右名だった、ジロラモ。

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