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2011年02月 アーカイブ

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ビザンチン帝国

アラブの世界からはなれ、香辛料の市場にもっと近いところにあって、ビザンチンの都である、今日のイスタンブールは、ローマの化粧品の伝統を、守っていました。


その洗練された趣味は、この都の飾りをいっぱいつけた極彩色衣裳の豪奪さと、よく釣り合っていたのです。


ビザンチンの婦人たちの頬は、まぱゆいばかりの技巧でおおわれていました。


眉毛は、ムダ毛を脱毛してから黒く染められ、いろいろな脂肪性の植物を、半焼きにした炭でつくった化粧料で、大きく描かれていました。


15世紀のある説教家の説教のなかで言われているのによれば、類と唇とは、ばら色に化粧されていました。


そして、かつらをかぶりマスクをつけた、侵雅なビザンチンの婦人の顔は、今まで白分の国では、そんなものをみたことがなかった15世紀の善良なフランス人聖地旅行者ベルトランドン・ド・ラ・プロキエールを、ぎょっとさせたのです。

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透きとおるような肌

中世のフランス婦人の美にたいする考え方では、化粧品は、たいして必要なものではなかったらしい。


スキンケア化粧品、脱毛クリームは、薬を売るのとおなじ商人によって販売されている、ぜいたく品なのでした。


たとえば、当時有名だった、イタリヤのサレルノ医学校の医師が書いたということになっていた処方集などは、たしかに、各家庭で利用されていたものとおもわれます。


なぜなら、そういった処方集には、皮膚が赤くなるのを防いだり、そばかすをとったり、手を自くしたりするための、家庭薬品の作り方が書いてあったからです。


けれどもまた、とても材料を集められそうになく、作ろうとしてもじっさいには不可能な、魔法の薬もあった。


そういう作れない薬は、皮膚の白さと透きとおるような肌の色という、当時美容の第一条件にされていたことにとっては、ほとんどじっさいの役にたたないものでした。

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